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esyrawdtv@aol.com

 投稿者:firefall gold  投稿日:2013年 7月 1日(月)00時21分4秒
返信・引用
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1月19日ゼミまとめ

 投稿者:柳島  投稿日:2012年 1月22日(日)22時34分5秒
返信・引用
  アルベール・カミュ『Neither Victims Nor Executioners』introのp.12 l.9~逐語訳を確認しました。


30
カミュは国家安全保障国家における不吉な技術の役割についても理解していた。技術は広大に殺人の方法での殺傷能力を増やしただけでなく、彼らの行動の結果から殺人者(執行人)たちをより遠くした。同盟国の爆撃隊はドイツの都市の何平方マイルをも完全に破壊し、それを祝うために彼らの将校クラブに戻った。何千人の技術者たちが、シアトル大司教のレイモンド・フントハウゼンが「Puget Sound(ピュージェット湾、ワシントン州北西部の細長い湾)のアウシュビッツ」と描写したような、核先制攻撃トライデント潜水艦のような大量破壊兵器を設計し、製造している。アメリカの労働者たちはさらに、人体の重要な部分を奪うクラスター爆弾を製造し、イスラエルによる断続的なレバノンでの戦争において広範に利用するために、彼らの武器の発想は加速した。エアコンのついた快適な場所、武器が検査され、戦争ゲームが行われ、莫大な死者数がコンピュータ端末で計算され、犠牲者はほとんど、短いテレビ映像の中でしか観察をされなかったところでこの仕事は行われた。

☆将校…軍隊の身分差における貴族たち
↓Officers将校
↓Solders(private)兵士

☆シアトル大司教(シアトルのローマカトリック教区のトップ)のレイモンド・フント ハウゼン・(1975~1991)核兵器の備蓄とピュージェットサウンドに、近くの基地を持っていたトライデントミサイルのプログラムに抗議するため、彼の所得税の半分を差し控えた(払うと軍事費に使われるから)。演説で、彼は言った、"トライデントは、ピュージェットサウンドのアウシュビッツです。"これは米軍とレーガン政権(国防長官ワインバーガーはカトリック)のメンバーだけでなく、政治的に保守的なカトリック教徒を怒らせた。


31
殺人における没個性化というものは、近代文明の官僚的社会組織と密接な関係がある。概して、個人は官僚政治の行動の結果の責任を拒否する。ますます、孤立した個人は、大衆社会の中で、原子化されたよそ者として生きる。人々は第一に、商品、情報、分析(ニュース解説)の観客であり、消費者としてみなされる。“権威者たち”は、共同生活や社会的相互関係を促進することよりも、個人の願望や恐怖に訴える。国家安全保障国家への従順は、社会政策の犠牲者に対する個人的責任(国民一人一人の責任)よりも尊重される。9.11後にどのようにしてアメリカの人々が対テロ戦争を支援できるのかと聞かれたとき、ブッシュはアメリカ人たちに買い物をし続けることをアドバイスすることしかできなかった。

☆powers to be 権力者
Power 大国、列強
32
現代社会において、軍事的政策がもたらす人間への影響を見て見ぬふりすることができるだけではない。実際、現代的戦争の人間の犠牲を目にしたり、理解するのは難しい。ヨーロッパの荒廃において、カミュは多いに平和を乱すような文化的出来事、有形の現象―暴力と殺人の法則によるコミュニティーの破壊―を目撃した。大義名分と正義のイデオロギーは、最も高度な理由の表現によって守られ、最も現代的な技術によって促進された。アルベール・カミュに対し、このような正当化は兄弟殺しの犯人を隠したうわべ以外の何ものでもない。

33
国家安全保障イデオロギーの力は、その政治的意識を形成することに基盤がある。国家安全保障イデオロギーは、その犠牲者になった人たちに対する暴力の結果を見えなくすることで、暴力の状態を正当化している。私たちの国家の集団的な記憶喪失の慣例は、すでに完全にww2の通った跡に私たちのヒロシマ、ナガサキの原爆に対する姿勢とともにつくられた。国民全体として、裕福で力のある私たちの国・アメリカはが小さいベトナムという国と、貧しい人々に行ったことを正面から受け止める能力に欠けていることを証明した。現場での勝利にもかかわらず、ww2後の同盟国の特権であったような“勝利者の正義”をベトナムは享受しなかった。正式な政府の上官たちもしくは軍事官僚たちを被告席においての公的戦争犯罪裁判も、正式な国家の悔い改めの宣言も、アメリカ政府による賠償責任や再建援助にむけての継続的な努力も存在しなかった。それどころか、アメリカはパリでの和平会談で結ばれた約束を果たすことにも失敗した。30年以上あと、アメリカはいまだに、長い期間において、ナパーム弾と枯れ葉剤の広範な使用による荒廃をもたらした結果に対する責任を受け入れていない。私たちの退役軍人に対しての責任さえ受け入れていないのだから、ベトナム人については言及するまでもない。

34
ベトナムの後、アメリカ人は再び、現代の戦争そのありのままの姿、その役目、その結果の驚くべき事実に直面する機械を免れた。ジョージ・H・ブッシュ大統領は正式にアメリカは第一次湾岸戦争のあとで、“ベトナム症候群”を治癒してきたと宣言した。彼の息子、ジョージ・W・ブッシュに、アフガニスタンにアメリカ陸軍を送り、イラクで“予防戦”を行うためのドアが開かれた。今、ベトナムでのアメリカの介入の教訓は、痛みを伴いながらイラクでまたもう一度学び直されている。

35
カミュは暴力の現実と道徳上の正当化をつなぐ命綱を切断することを要求した。彼は“現実主義”として、暴力を正当化する政治を拒絶した。彼は、絶え間ない過剰な暴力のための奴隷となることで、未来から切り離された世界のためのもう一つの行動方法がなければならないと主張した。彼は人々をたんなる抽象概念で、個人をひとつのイデオロギーの代表者にすぎないものと退化させる開発を非難した。カミュは、個人が世界における彼らの行動の責任をとるべき個人主義を主張した。彼はまた、世界中、国境を超え、いかなる分離も超えた人間的絆を尊重する世界主義を主張した。

36
「犠牲者でも、死刑執行人でもなく」は、専制と暴力の犠牲者が平和で公正な世界を追求して暴力を採用する、という悲しい歴史の循環を私たちに粘り強く指摘する。カミュにとっての論点は、正義がどうこうということではない。争いをするすべての関係者は、概して自分たちのことを大義名分か自衛によって動機づけられたと考えられている。神の保護は争いの両側から常に主張されるものだ。暴力それ自体の使用が論点であり、人殺しの使用は、人殺しの除去という架空の希望におけるおそらく「正当な」理由なのである。



次回は24日か、27日に集まろうと思っています。決まり次第連絡します。
 

2012年1月6日 ゼミ まとめ

 投稿者:篠塚  投稿日:2012年 1月 7日(土)02時44分26秒
返信・引用
  Albert Camus, Neither Victims Nor Executioners, An Ethic Superior to Murderのイントロダクションのpp.9 l.22 - pp.10 l.10が今日の講読範囲でした。
段落で言う22から24です。
以下逐語訳です。

パラグラフ22
The just war Doctrine sought to legitimate the talking of human life within clear constraints, to protect a supposedly divinely appointed government. But since at least World War Two, the Just War Doctrine has been co-opted by the nation-state. “The state has become an end in itself,” wrote Macdonald in 1943, “subjugating the human being as the Church did in the Middle Ages. In the new religion of the State… peoples of the world are being organized into vast power-states, military-socialist in form, which are devastating the globe in their internecine struggles.”
正戦論は想像上、王権を神授された政府を守るために、明白な制約の中で人間の命を奪うことを正当化しようと模索した。
しかし、少なくとも第二次大戦以降、聖戦論は国民国家によって盗まれてきた。
マクドナルドは1943年に次のように書いた。
「国家はそれ自体が目的となり、中世に教会(ローマカトリック教会)がしたように個々の人間を支配下に置いた。国家の新たな宗教では、世界の民族は広大な権力国家の中に組織されており、形式的には軍事社会主義であり、それらは彼らの相互破壊的な争いの中で地球を壊滅している」

パラグラフ23
The new Nation State arrogates to itself the prerogatives formerly enjoyed by the Church: demanding unquestioning loyalty, imposing orthodoxy, suppressing dissent, eroding personal conscience, and sanctifying violence. The trend, according to Camus, is “to give to Caesar those functions which formerly belonged to God.”
新国民国家は、以前は教会によって享受されていた、絶対的な忠誠の要求、正当性の強制、反対意見の抑圧、個人的良心の腐食、そして暴力の正当化といった特権を、不法に我がものとする。
その傾向はカミュによると、「以前は神に属していた機能をカエサル(世俗の君主)に与えるもの」とされる。

パラグラフ24
   The State reinforces divisions in the human community by defining its own interests as at odds with others. It further engenders irresponsibility by subordinating the individual citizen’s conscience to the State’s dictates.
国家は、他国と反目しあうようにそれ自体の利益を限定し、人々のコミュニティーの中での分割を強化する。それは市民の良心を国家の命令に従属させることによって、無責任をさらに引き起こしている。


講読の後、映像を観ました。
「フェンスの中の沖縄」(沖縄テレビ放送、2010年11月4日(木)26時~26時55分放送)
第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品だそうです。
詳細は以下を参照してください。
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/fnsaward/19th/10-202.html
沖縄の米軍普天間基地の問題を取り扱った映像です。映像の中で終始問われていることは、「基地のフェンスが隔てたものは何だったのか」ということでした。その中で、印象的だったのは、基地と普天間住民を隔てるフェンスによって、沖縄、もしくは普天間に根付いていた文化の継承が危機に瀕しているということでした。人々の暮らしに直結していたなんらかの「場所」を奪われることは、ソフト面での基地被害を引き起こしていると思いました。安全保障問題と、一括りにされると見失いがちなそのような被害の実態が、印象的でした。

 

 投稿者:  投稿日:2011年12月30日(金)22時37分11秒
返信・引用
  ちゃお。
みんなげんき?苦しんでる?
卒論の提出っていつなのかな。提出の前、まあ報告会みたいなのでもいいけど、一回ぐらいどんなの書いてるか聞きに行きたいなー。
あと、懇談会をしましょう!

ちなみに、来年からオーストラリアに行くことになりました。
 

Re: 12月16日ゼミまとめ

 投稿者:たかはらメール  投稿日:2011年12月17日(土)00時39分30秒
返信・引用
  柳島さん、ご苦労様。☆

> おもしろいですね!!

  ダニエル書だったのですね。「キリスト教の基礎」できっちり教えてほしい旧約聖書の世界。レンブラントまで調べてくれて、ありがとう!

> Comradeは「同士」というニュアンスを含んでいる。ソ連や中国などの共産国では、呼びかける時に「同士よ」というかたちで使われる。The comradesと使う時には、共産党員というふうに訳すらしい。

 まず「同士」ではなく、「同志」!
 共産党員と訳せることもありますが、もっと一般的に、志を同じくする仲間、という意味ですね。

> ⇒もともとキリスト教からうまれた正戦論(戦争をしてもよい条件を論ずる=戦争の発生を許す、戦争を抑止できる など様々な解釈がある)と、神学者たちでない人々による正戦論の両方を、カミュは否定している。

 戦争を起こすことを正当化するためにも、逆に戦争をさせないためにも、両方に使えるのが正戦論のはずなのですが、圧倒的に前者の例が多そうです。
 

12月16日ゼミまとめ

 投稿者:柳島  投稿日:2011年12月16日(金)22時47分0秒
返信・引用
  今日も、篠塚、柳島の卒論について多くの時間を使いました。みなさまアドバイスありがとうございました。残りわずかな時間ですが、がんばります!

そのあとは、『Neither Victims Nor Executioners』p.9 2パラグラフから4パラグラフまで逐語訳しました。

19
カミュは、不吉な前兆を感じた。

⇒the writing on the wall「不吉な前兆」という表現は旧約聖書のダニエル書5章からきているそうです。
バビロン捕囚をした、ネブカドネザル王の王位を継いだベルシャザルは、王権をふるい、民のために働かなかったそうです。ある晩、ネブカドネザル王がエルサレムの神殿から奪った杯で宴を楽しんでいるベルシャザルの前に、突然塗り壁に指が現れ、文字が書かれました。王は恐れおののいてそれを解読できる人を探しました。ユダヤ人の捕虜がこれを解読しましたが、その文字は、王の治世が終わるということを告げていて、王は死んでしまったということです。文字が書かれている場面は、レンブラントの『ベルシャザルの饗宴』にも描かれています。
http://www.gallery-aoki.com/mu_bellsyazal.html
ダニエル書 5章1~12節 [旧約聖書 ダニエル書]
<その時、人の手の指が現れて、ともし火に照らされている王宮の白い壁に文字を書き始めた。王は書き進むその手先を見た。王は恐怖にかられて顔色が変わり、腰が抜け、膝が震えた。(5.6節)>
ダニエル書 5章13~31節 [旧約聖書 ダニエル書]
<さて、書かれた文字はこうです。メネ、メネ、テケル、そしてバルシン。意味はこうです。メネは数えるということで、すなわち、神はあなたの治世を数えて、それを終わらせられたのです。テケルは量を計ることで、すなわち、あなたは秤にかけられ、不足と見られました。(25.26節)>
おもしろいですね!!

20
後に判明したソビエトの人々に対して、スターリンが行った野蛮な攻撃の新事実のたすけがなくとも、カミュはマルクス主義イデオロギーへの盲目的な服従の危険な過剰さを予感していた。結果的に、彼は昔の多くのレジスタンスの同士からの疎外に苦しんだ。解放運動の意気揚々とした余波の中で、彼はまたベトナム、中米、イラクやさまざまな場所におけるアメリカの干渉の根源を認識していた。
Comradeは「同士」というニュアンスを含んでいる。ソ連や中国などの共産国では、呼びかける時に「同士よ」というかたちで使われる。The comradesと使う時には、共産党員というふうに訳すらしい。

21
現代の戦争、イデオロギー、人間の無責任さに対するカミュの批評はこれまでの世紀の正戦の伝統やその多様な非宗教的な正戦論と決別した。彼は、市民の神聖さや、戦争状態を脱するのによいと仮定されたものがそれを達成するために破壊性に勝らなければならないというつりあいの原理のような、伝統的で理論的な戦争における制限というものは、ww2のような戦争全体を通して明確に不必要で、核兵器によって完全に価値をなくされたということを理解した。

⇒もともとキリスト教からうまれた正戦論(戦争をしてもよい条件を論ずる=戦争の発生を許す、戦争を抑止できる など様々な解釈がある)と、神学者たちでない人々による正戦論の両方を、カミュは否定している。



来週のゼミは、22日(木)2限@大学院指導室2です。

 

12月9日 ゼミ

 投稿者:篠塚  投稿日:2011年12月 9日(金)14時00分40秒
返信・引用
  大事なのでお知らせから先に報告します。

12月23日のゼミは休講で、補講として12月22日の2限にゼミをおこないます。

12月23日のゼミが休講になる理由ですが、
明治学院をご卒業され、明治学院大学の名誉博士学位を受賞されることになりました王金河(Wang King - Ho)さん(先生とお呼びしたほうがいいかもしれませんが)へのその授賞式が12月23日(金)10時30分から白金校舎で執り行われます。なので、23日は休講となりました。

以下23日の詳細です。調べてみたら明学のニュースにありました。
http://www.meijigakuin.ac.jp/news/archive/2011-12-08.html
式の後に食事会があるそうですが、それに学生も参加できるかまだ不明なので、先生からのご連絡待ちになります。

さて、今回のゼミですが、ほとんどの時間を柳島さんと篠塚の卒論の相談に使いました。
Albert Camus, Neither Victims Nor Executioners, An Ethic Superior to Murder
そのイントロダクションのpp.8 l.20 - pp.9 l.4が講読範囲でした。
段落で言う18です。
以下逐語訳です。

Anticipating the Cold War, Camus wrote, “Some of us feel too strongly our common humanity to make such a choice.
冷戦を予期し、カミュは「私たちの幾人かは、そのような選択をする、私たちの共通の人間性を感じすぎている」と書いた。

Those who really love the Russian people … do not wish for them success in power-politics, but rather want to spare them, after the ordeals of the past, a new and even more terrible bloodletting.
本当にロシア人を愛している人々は彼らのパワー・ポリテックスでの成功を望んでおらず、むしろ彼らに過去の苦い経験の後の、新しく、ましてやなおさら恐ろしい流血恐ろしい殺戮ということがないことを望んでいる。

So, too, with American people and with the peoples of unhappy Europe.”
アメリカ人と不幸なヨーロッパの人々もまた同様である。


以上です。
その他何かありましたらお願いいたします。

篠塚
 

12月2日ゼミまとめ

 投稿者:武井  投稿日:2011年12月 9日(金)09時14分34秒
返信・引用
  ⑭ トーマス・マートンは、こような認識に至った者の一人である。彼は第二次世界大戦における徴兵制に直面して、連合国が次第にヒトラーのレベルにまで落ちぶれ、ナチスの野蛮な方法を採用することなしに戦勝国となることはできないのではないかと疑念を持った。連合国によるドイツの街への徹底的な爆撃や、アメリカによる広島と長崎での破壊(「空からアウシュビッツが雨のように降ってくる」はマートンが彼のトラピスト修道院で書かれた。)は、彼が最も恐れてきたことを裏付ける事になった。
⑮ 政治コメンテーターや、時に反戦平和主義者のドワイト・マクドナルドもまた、不吉な敷居をまたいでいることに気づいた。第二次世界大戦中、連合国のヒトラーに対する戦争に反対した者は「非現実的」だとして追放された。マクドナルドは次のように主張する。「問題は、どちらかの陣営の軍事的な勝利によって解決する事は出来ない。そして、まだましな悪の勝利は、単に形式が異なるより大きな悪の勝利に過ぎないと判明するのだ。そして、連合国の勝利かナチスの勝利かの選択は、絞め殺されるか、毒殺されるかの選択であったのである。」
⑯ 広島と長崎の原爆投下から数日の内に、マクドナルドは、戦争の無益性は明らかであって、戦争の本質的な概念は現代の戦争の現実によって欠けてしまったと書いた。彼は原爆を開発し、その使用と効果についてのいかなる個人的責任も否定する科学者たちを強く遺憾に思った。彼はドイツ人を総じてナチスの犯罪者として責めようとすることについてもまた拒否した。「今日における傾向は、民族に責任があり、個人の責任はないと考えることである。これら両方の観点の逆転は、野蛮へと陥っていくことから脱するための第一の条件である。ドイツ人による残忍な行為は、ドイツ人のもつ特別な残虐性というよりも、相当な部分が戦争というものによるのだ。」
⑰ そうなると、ドワイト・マクドナルドがアルバート・カミュの著作により大きな注目をよせたのも驚くには値しない。カミュは、1945年以降、人類は新しい時期に入り、それを認識することを選択していようがいまいが、一連の異なる問いを目の前にしているということを見定めた者の中の一人であった。1947年にマクドナルドはカミュの『犠牲者でもなく、執行人でもなく』を翻訳し、彼の編集する英語の学術誌『政治』の1947年7月・8月号に掲載して出版した。カミュは、暴力を放棄した他の者達についてほとんど知らなかったようである。カミュは1942年にル・シャンボンにて病気から回復する間に『プラハ』を書いたにもかかわらず、フランス人反戦平和主義者でル・シャンボンシュール・リニョン出身のアンドレ・トロメのような者や、かなりよく知られたガンジーという人物についてさえも知らなかったのである。彼は共同の闘争の方法としての秩序だった非暴力の説明を提供した。にもかからず、カミュの断固として明瞭で、そして永続的な論文は、政治的な方法として暴力の放棄の抜きんでたものの中に位置づけられた。人々や国々が線を引き、どちらの側かを選択していた時、カミュは立ち現れる両極性と、それにより競合する暴力の正当化に対して抵抗したのである。
 

11月25日ゼミまとめ

 投稿者:柳島  投稿日:2011年11月25日(金)15時23分33秒
返信・引用
  柳島、篠塚の卒論の進み具合などの報告のあと、Neither Victims Nor Executionersのintrodutionの続きを講読しました。

pp.6 l.12~pp.7 l.11

戦略地政家たちはすでに、WW2が終わりに近づくにつれ、彼らの軍事的政治的動きの中で、冷戦を予想していた。ガー・アルぺロビッツ(『原爆投下決断の内幕〈上〉―悲劇のヒロシマナガサキ』の著者。アメリカの政治学者・歴史学者で、政治経済学や原子力爆弾投下決定過程についての研究で知られている。著書Atomic Diplomacyにおいて、広島・長崎への原爆投下の決定において米国政府内で重視されたのは、戦争終結を早め、日本本土上陸の実施で生じうる米軍将兵の犠牲を回避できるという点ではなく、原爆の破壊力を実際に示し、将来的なライバルとなりうるソヴィエト連邦に政治的恫喝を加える点にあったとする「原爆外交」テーゼを提示した。これはハーバート・ファイスなどの戦争終結要因を重視する正統派解釈に異を唱えるものであったことから、激しい学問的論争を生じることとなった)とその他の人々は、日本への原爆投下はWW2における必要な最後の一撃ではなかったが、冷戦における最初の一撃だった、と説得的に主張した。もちろん、ほとんど人は、先例のない戦争の暴力にぞっとさせられた。以後、国連の創設と“爆弾”の想像もできない破壊性が戦争を時代遅れにするだろうとさえ思った人もいた。


それにもかかわらず、連合国の勝利は、ナチズムの出現と同じように確実に、ウォルター・ウィンクが後に“あがないの暴力の神話”と描いたものの力を強化させ、拡張させた。
  暴力が“救う”という考えはとても広まっている、なぜならそれがちっとも神話のよう  には見えなかったからだ。暴力は純粋にものごとの本質であるかのように見える。暴力  は機能するものである。それは不可避であるかのように見え、戦争がいきつく最後の、  時には最初の手段といわれるものだ。他のすべてのことがうまくいかないとき、もしあ  なたが神に関心を向けるとしたら、暴力は確実に神としての役目を果たしている。そう  ならば、人々が見落としているのは、暴力の宗教的性格である。暴力は狂信的な信者た  ちに究極の死への服従を求めている。

いわゆる“戦争の必要性”と呼ばれる、この殺人の論理は、ナチの収容施設と多数の都市の
荒廃の両方において、最高潮に達した。極度の疲弊と現れた大国関係の中で、戦争の終わり
に伴って、根本的な何かが死に、不吉な敷居がこえられたことをごく少数の人しか認識して
いなかった。もし、最大限の尺度を持って、悪の現実を考慮に入れることができず、アウシ
ュビッツに象徴される大量虐殺を引き起こした憎悪を考慮に入れることができず、ドレスデ
ンや東京の空襲と特にヒロシマ、ナガサキに象徴されるように大義名分において無差別に暴
力を使う人間の能力を考慮することができないのならば、どの世界観も十分なものではない。


☆このイントロダクションを書いた一人でもある、Scott Kennedyさんが11月19日に心筋梗塞で亡くなったそうです。詳しくはこちらを読んでみてください。

http://rcnv.org/1558

☆ウォルター・ウィンクは神学者で、『イエスと非暴力』などの著者。聖書は非暴力での戦い方を記していて、キリスト教とは虐げられた者の宗教であり、相手の不当性を悟らせる術を説いている、と指摘しているそうです。

毎回のゼミごとに読んでみたい本が増えていきますね。

もうすぐ12月ですが、年内までに卒論が仕上がるようにがんばりたいと思います。


 

11月18日 ゼミ覚書

 投稿者:篠塚  投稿日:2011年11月23日(水)01時40分42秒
返信・引用
  今日のゼミでもまず最初に、柳島さんと篠塚の卒論の進捗状況の報告をし、その後カミュの講読に入りました。

以下講読に関して。
Albert Camus, Neither Victims Nor Executioners, An Ethic Superior to Murder
イントロダクションのpp.5 l.12 - pp.6 l.10が講読範囲でした。
段落で言う⑨の続きから⑪までです。
以下逐語訳です。

段落⑨の続き
Just as pacifists were not able to adequately speak to fears of the public threatened by fascism, advocates of nonviolence are struggling to pose credible alternatives to national security ideology in the face of the real and imagined threats of global terrorism.
ファシズムによって脅威にさらされた国民の不安を、平和活動家が十分に口に出せなかったのと同じように、非暴力の主張は、現実と仮想の世界のテロを前にした国家安全保障のイデオロギーに、信用できる代替案を提示するために奮闘している。

McCarthyism in the 1950s and Bushism in the first decade of the third millennium rely significantly on widespread fear and insecurity.
1950年代のマッカーシズム(赤狩り)と2000年始めのころのブッシュイズムは恐怖と不安の蔓延にかなり依存している。

The populations of even the most powerful nations are susceptible to fear-driven manipulation by those wielding military power.
どんなに頑強な国の国民でも、軍事力の行使によって巧みに操作された脅威には影響を受けやすい。

⑩ While World War Two largely knocked the wind out of the pacifists’ sails, Europeans reeled from the devastation that totalitarianism and war had wreaked on their society.
第二次大戦は多くの平和活動家の動きを止めた一方で、ヨーロッパの人々は全体主義と戦争が彼らの社会にもたらした徹底的な破壊に動揺した。

Their cities were destroyed and their economies in shambles.
彼らの街は破壊され、経済は壊滅状態だった。

Before the blood had dried on the soil, Europe was rent into two armed camps.
流れた血が土の上で乾く前に、ヨーロッパは2つの陣営に引き裂かれてしまった。

The Soviets, confident that they had won the war at the cost of 22 million casualties, believed they had well earned their place as a global political and military heavyweight.
2200万人の死傷者という犠牲を払ってまでも、戦争に勝ったという自信に満ちていたソ連は、巨大な世界の政治的、軍事的地位を手に入れることは当然の報酬だと信じた。

The mutually exclusive, self-justifying ideologies of the West and the Russian- dominated East set the stage for what political and literary commentator Dwight Macdonald describes as a snowballing “decline to barbarism.”
相互的な排斥と、西側のロシアによって支配された東川の自己正当化したイデオロギーは政治、言語のコメンテーターであるDwight Nacdonaldが「野蛮へと低下する」雪だるまと描写したものの下準備となった。

⑪ The US, meanwhile, enjoyed a hard- won victory, prosperity buoyed by a bloated defense economy, and new stature as the dominant world power.
一方でアメリカは、苦労して得た勝利と膨張した防衛経済(平時の軍事予算)によって支えられた繁栄と支配的な大国としての新たな名声を享受していた。

As a result, people in the United States have felt perfectly justified using whatever means necessary to defend freedom against tyranny.
結果として、アメリカにいた人々は、どのような手段を用いても専制に対し自由を防衛する必要性を正当化することを完全に感じていた。

In the decades after World War Two, this rule of thumb justified the use of sheer force?economic, political, and if need be, military, to preserve the US’s perceived self-interests around the world and to protect “the American way of life.”
第二次世界大戦以降の数10年で、この経験則(経験によって見出された法則)は経済、政治、必要ならば軍事の純然な力の使用を世界中でのアメリカの認識する自己の利益と米国的な生活を守るために正当化した。
The American Way of Lifeという言葉は、ポジティブな意味でアメリカでは普遍的な慣用句になっているみたいです。

Foreign intervention became the norm for conducting American policy, with the US averaging a dozen military actions abroad each decade since 1945.
1945年から10年間ごとのアメリカによるさまざまな海外への、平均して12の軍事行動は、外国からの干渉は米国の政策を実行する基準となった。

以上です。
次回はp.6 l.12からです。

補足等あったらよろしくお願いします。

篠塚
 

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