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ちょっとわかりにくいですね
投稿者:
IGGY
投稿日:2003年10月 1日(水)01時36分11秒
自分でも読み返して議論が混乱しているので、少し模式的に行きます。
まず、「規範」をシンプルに「価値」と書き直します。今まで使っている「規範」も「かち」と読んでくれて構いません。
その上で、です。
価値A:格差の増大とそれによる社会不安を最小化する(以下、「平等」の価値)
価値B:勤労者のモチベーションを高めて経済を活性化・発展させる(以下、「経済成長」の価値)
とします。
「平等」と「経済成長」の双方に価値があるのだとすれば、以下の二つの極端な状態は、機能的には等価です。
1 徹底的な構造改革の断行の末に持続的な安定成長を達成しえたが、コミュニティの崩壊を招くほどの所得格差を生み出した
2 雇用維持政策と再分配政策の充実によって所得格差を最小化し続けたが、経済規模が収縮し続け、国全体が貧しくなった
個人的には、現実の政策オプションはこの両極の間で振れて行くべきなのだと思う。
「平等」の価値を放棄してしまって、1のビジョンに限りなく近づいていくことを僕は「政治の崩壊」と呼んだわけなのだけれども、現行のアメリカ型のモデルはかなりそれに近い線がありそうで、どうかと思うということ。
で、もう一つは、そもそも価値Aと価値Bは本当に二律背反的なものなのか、ということ。
つまり、格差の拡大を伴わない経済成長は本当にないのか(あるいは逆に、格差が拡大したおかげで経済が収縮していくことは本当にないのか)ということ。
価値Aと価値Bの同時追及を可能にするかもしれないこの可能性について、重要な示唆を与えてくれているのが、オランダモデルだという位置づけです。
久しぶり
投稿者:
IGGY
投稿日:2003年 9月30日(火)22時19分45秒
>でもヴィトンは誰でも買いに行くか・・・。ああ、でもこれ本当の意味で”誰でも”じゃないですよねえ。
全然「誰でも」じゃないよ。
というか、言うまでもなく、「誰でも」買えるような話を垂れ流した奴が一番悪いんだよ。しかし現実に垂れ流されてるんだから、こういう話が垂れ流されているというファクターを前提にして話をしないと仕方ない。これが消えるには、あと10年掛かるでしょう。
>防ぐというのは、どこかを基準にして”所得格差とそれによる諸権利(教育、医療etc)格差を増大させない”と言う必要あると思いますが、それは年代として何時ですかね?
>例えばこれは戦前とか江戸時代(笑)とかではまあ露出していたし実際にもそういう格差があったんだと思います。身分という固定化状態が嫌いなので、そこに戻る事がいい事だなんて思いませんけど、戦後現れた”平等”の霞を追っても、そこには”行けない”んじゃないかな?と。
>イメージとして中流意識というのがあるわけじゃないですか。
データとして、この表以上の格差拡大は避けられないですよね。例えば僕ら世代が60代になったときこの格差で収まるとは思えず。
で、それに伴ってイメージが剥離しまう(現状の格差であっても、より露出してしまう)という現象はあると思います。”守る”というにあたって、イメージを守るという事は不可能に思えます。
ああ、ここまで書いて気づいたんですが、僕の言う”イメージ”=”規範”なんでしょうか?
規範を守るんですか?イガラシさんの立場で?
ええと、中流イメージを守るなんてことを僕が言うはず無いじゃないですか(笑)
全く逆の主張をしていたでしょ? 「階層意識」を持つ事が必要だって。
階層化が起こっているならば、階層が存在する事をアナウンスし、それぞれの階層で満足したライフスタイルを追求するように促す事は、社会政策上の必須要件です。
「格差を増大させないという規範」は、人々が守りたがっている中流イメージというような卑小かつ歴史的な構築物ではなくて、政治上の話です。もう少し正確に言うと分配(再分配)の話です。
どこの時点での格差に固定するとかそういう話になるとかみあわなくなっちゃうんだけど、政治上の規範として、「分配」というものがなくなってしまう(少なくとも激減していく)ことを恐れています。パイを奪い合う利害の異なる集団同士の調整をして、最適な分配をするのが政治の本質的要件ですから、ここを政治が放棄してしまっては、政治そのものが、ひいてはパブリックなものが崩壊してしまいます。規範という言葉には、そういう意味をこめておりました。だから、どの程度なら容認できるとか、そういう技術的な話ではないです(少なくとも今回の流れでは)。
分配(再分配)の必要なんてない、パブリックなものなんていらない、市場に任せて最適な仕組みを構築しない事には成長はないんだから、というイデオロギーには与したくない、ということです。
ただ、現実に、「資本に自由な活動を与える場を提供するハウスキーパーの役目が、グローバル化時代のあるべき国家」という国家観が、アングロサクソン系の国で台頭しています。
日本社会も、現在以上に格差が拡大することは避けられないでしょうが、上記のような国家観を採って、格差の拡大を出来るだけ抑えようとする施策を放棄するという道には入らないでほしい、ということです。
オランダについては下記参照。上はマクロ動向中心で、下はかなりオランダびいき。
http://www.jcr.co.jp/sve/2001/128601-03-04.pdf
http://www.sumitomotrust.co.jp/PEN/research/pdf/07_04_70_1091a.pdf
なんか最初の頃の議論で僕が頑迷な「正社員終身雇用論者」のように見えているかもしれないけど、オランダのような形でのフレキシブル化なら全然ありだと思うよ。現時点の日本でフレキシブル化をとめどなく進行させるのはヤバイ、という話で。
条件は、
・パートと正社員の待遇差縮小
・企業内・家計内での生活崩壊につながる程度の失業リスクの分散とそれへの社会的合意
といったところでしょう。まだまだあるでしょうけれど。
ただ、最初の頃に言っていた「団塊一律25%賃金カットで雇用を守る」みたいのって、実は結構オランダモデルからの発想だよ。
それから、
>葛飾や足立や台東はゲットー化しないですよ。
この問題については現時点では何とも言えん。個人的には、最大の関心なのだが。
今のところは、A先生にでも聞いといて(W
ただ、ネットの落書きレベルの話で言えば、犯罪発生率動向とか結構如実らしいよ>葛飾、足立、隣接する松戸
編集済
あ
投稿者:
Kinoko
投稿日:2003年 9月30日(火)10時34分37秒
景気とか高級車の価格とか、ベタな話題だけ書こうと思ったらつい普通にレスしてしまった。
忙しいのでベタな話題だけ
投稿者:
Kinoko
投稿日:2003年 9月30日(火)10時33分50秒
なんか景気良くなってるらしいですよ?(指標とかじゃなくて僕の仕事関係者と話してて)
>日本にも出来てるらしいよ、Gated Community。とりあえず高槻だかにあるらしい。
へー。店とかも最近エクスクルーシブ度合いが徐々に高まっていますよねえ。
でもヴィトンは誰でも買いに行くか・・・。ああ、でもこれ本当の意味で”誰でも”じゃないですよねえ。
>君がそれを規範に置いていないとしても、規範レベルで争う気はない(意味がない)。
防ぐというのは、どこかを基準にして”所得格差とそれによる諸権利(教育、医療etc)格差を増大させない”と言う必要あると思いますが、それは年代として何時ですかね?
>収入格差が100倍くらいで収まってしまうのはやっぱり異常。
例えばこれは戦前とか江戸時代(笑)とかではまあ露出していたし実際にもそういう格差があったんだと思います。身分という固定化状態が嫌いなので、そこに戻る事がいい事だなんて思いませんけど、戦後現れた”平等”の霞を追っても、そこには”行けない”んじゃないかな?と。
>(
http://www.stat.go.jp/data/zensho/topics/1999-1.htm
)、もし仮にそれが「異常」なのだとしても、それを守るというのは十分な規範的目標になりえます。
イメージとして中流意識というのがあるわけじゃないですか。
データとして、この表以上の格差拡大は避けられないですよね。例えば僕ら世代が60代になったときこの格差で収まるとは思えず。
で、それに伴ってイメージが剥離しまう(現状の格差であっても、より露出してしまう)という現象はあると思います。
”守る”というにあたって、イメージを守るという事は不可能に思えます。
ああ、ここまで書いて気づいたんですが、僕の言う”イメージ”=”規範”なんでしょうか?
規範を守るんですか?イガラシさんの立場で?
>自殺率はうなぎ登りになってしまいます。現在の初等教育の荒廃を見ると、若い世代から既にこれが現実に起こっているような気もします。
うん、これは逆に今までの”戦後教育”が、”がんばれば上へいける”という無責任なイメージを
垂れ流して”平等”な”努力”を要求してるからじゃないですかね?
この文脈の”努力”って、すごく嫌いなんですけど。
>ている中国も、国内流入移民を煽り続けることで、このモデルを踏襲することはできるでしょう。
で、日本がこのモデルをとるべきか、と。今までの話の流れだと、きーちゃんは一も二もなくこの一手でしょうね。
そこまでは言ってないんだけど、その方がわかりやすいんでそういう立場になっておきます(笑)
>ただ、個人的にはこのモデルは取るべきではないと思う。何故かといわれても、これは先に言った規範レベルの問題だから、争う話ではないけどね。世田谷にコスモポリタンなGated Communityがいくつも出来る一方で、葛飾や足立や台東がゲットー化するような街に僕は住みたくないし、そんな街で子どもを育てたくはないのです。煎じ詰めれば、ただそれだけの話。
葛飾や足立や台東はゲットー化しないですよ。
僕は西船橋から日暮里に引っ越してきて、何らかの”差”を感じていますがね。
それは町としての歴史に基づくプライドか、中央<>地方の階級意識か、現実の収入層の違いか。
>ただ、最初の話に戻ると、オランダ辺りを見ていると、必ずしもこのモデルでしか構造不況を克服できない、というか、「所得格差を増大させることでしか成長を持続できない」というわけでもないようで。
じゃあオルタナティブを示せ、といわれても現時点で言えることは大してないけど、アメリカモデルの採用しか脱出口がないと考えるのは、「世界的な思い込み」であるような直感があります。だってその辺、みんな規範をぶつけ合うだけで、きちんと詰めた議論がされてないでしょ?
そっかー、じゃあオランダモデルの解説キボンヌ。
よその国はどうなっても知ったことではないが・・・
投稿者:
IGGY
投稿日:2003年 9月24日(水)14時38分49秒
日本にも出来てるらしいよ、Gated Community。とりあえず高槻だかにあるらしい。
まずきーちゃんに確認しておいて欲しいのは、経済云々景気云々以前に、所得格差とそれによる諸権利(教育、医療etc)の格差の増大を防ぐことは、それ自体が一つの社会政策上の大目標であり、規範であると、僕は考えているということ。ただし、それを確認しておかないと話がかみ合わないけど、君がそれを規範に置いていないとしても、規範レベルで争う気はない(意味がない)。
>収入格差が100倍くらいで収まってしまうのはやっぱり異常。
>というか、超金持ちの存在よりも、中流と底辺がばっきり分かれてしまう事の方が社会問題ですよね。これはデジタルデバイド云々というよりも、今までのように中流扱いで持ち上げるということができなくなったという体力的問題のような気がします。
「不況下で産業をリストラクチュアリングするためには、中層が解体され格差を増大していくのは避けられない」というのは、英米のモデルをあまりに普遍化しすぎた結果生じた、おそらくイデオロギーであろうと思います。たぶんこの命題に論理必然はない。日本の格差の少なさが「異常」ときーちゃんは言うけど、それは事実としても疑わしいし(
http://www.stat.go.jp/data/zensho/topics/1999-1.htm
)、もし仮にそれが「異常」なのだとしても、それを守るというのは十分な規範的目標になりえます。
もちろん、「格差増大を伴うハードランディングで産業を建て直し、社会のデザインを一新する」という選択肢「も」ありで、実際韓国なんかがとった(というかIMFにとらされた)モデルだけど、このモデルも万能ではないと思います。
>日本でも、全体で成長するという幻想はなくなったので、ある程度偏りのある成長でやる気を出すしかないと思います。
それがまさにこのモチベーションの問題に絡んでいて、おそらくは格差がある程度の臨界点を越えると、「上」の人を世界の違う他者だと認識して、リアリティを切断する→頑張る意味がないと悟る、ということが起こるでしょう。これは絶対に必要な自己防衛の技法であって、このリアリティ切断がないであまねく国民が加熱し続けられると、「負け犬」としか自己を規定できない人たちの自殺率はうなぎ登りになってしまいます。現在の初等教育の荒廃を見ると、若い世代から既にこれが現実に起こっているような気もします。
アメリカのゲットーの状況などを伝え聞く限り、当然ながらアメリカでもこうしたリアリティ切断が起こっているわけです。伝統的に格差の大きいラテンアメリカ諸国などでは古くからこうしたことが起こっていて、結果として実は広範な人々が競争に駆り立てられ「ない」で、停滞してきました。
しかしアメリカのモデルはなぜ格差の増大が停滞でなく、成長に向かうか? それは常に流入する移民の存在でしょう。這い上がろうとする優秀でハングリーな新しい血が常に入ってきて、活性化を促す。その一方で成功者を「他者化」した「負け犬」はゲットーに滞留していく。これがアメリカという国のモデルといえるでしょう。10億の人口と広大な奥地というフロンティアを国内に抱えている中国も、国内流入移民を煽り続けることで、このモデルを踏襲することはできるでしょう。
で、日本がこのモデルをとるべきか、と。今までの話の流れだと、きーちゃんは一も二もなくこの一手でしょうね。
ただ、個人的にはこのモデルは取るべきではないと思う。何故かといわれても、これは先に言った規範レベルの問題だから、争う話ではないけどね。世田谷にコスモポリタンなGated Communityがいくつも出来る一方で、葛飾や足立や台東がゲットー化するような街に僕は住みたくないし、そんな街で子どもを育てたくはないのです。煎じ詰めれば、ただそれだけの話。
ただ、最初の話に戻ると、オランダ辺りを見ていると、必ずしもこのモデルでしか構造不況を克服できない、というか、「所得格差を増大させることでしか成長を持続できない」というわけでもないようで。
じゃあオルタナティブを示せ、といわれても現時点で言えることは大してないけど、アメリカモデルの採用しか脱出口がないと考えるのは、「世界的な思い込み」であるような直感があります。だってその辺、みんな規範をぶつけ合うだけで、きちんと詰めた議論がされてないでしょ?
なんか延々と二人でキャッチボールをしているが、他に誰か建設的な書き込みをしてくれる人はいないかにゃぁ。(いや、もちろんきーちゃんはどんどん書き込んで欲しいんだけど)
編集済
html化
投稿者:
Kinoko
投稿日:2003年 9月24日(水)01時40分16秒
・テキストで保存したものをベースにしてhtmlにする
・ワード生データ公開
この2本立てで大体かたがつくのでは?
最近、自分の友人関係が特定の階層のみカバーしてる気がする
投稿者:
Kinoko
投稿日:2003年 9月24日(水)01時38分12秒
>原則論レベルの話にもどれば、そう遠くない未来に景気や雇用情勢が回復したときが来ても、一度失ってしまった(かつての日本企業の強みと言われた)ものを取り戻すことは二度と出来ないと言うことでしょう。これは個人的にはかなりの損失だと思いますが、もう手遅れなんでしょうね。
個人的には失った強みは本質的なところではそんなにないと思っていて、”評価下手”という弱みが露呈したのと、もともと幻想レベルの部分が現実に引き戻されたんだと思います(一番派手なのは、不動産)。労働のモチベーションは確実に失われているのですが、幻想によるやる気(&購買力)というのは早晩失われるものであり、得るものが既に得られ、かつこれから得る可能性も減ってしまった成熟した社会では、なかなか多数を騙すことは難しいということでしょう。にしてはみんな家買いすぎ!
>それともう一点は、ITを初めとした近年の技術革新の本当の効果というのは、個人個人による生産性の差を破滅的なまでに拡大することにあると思うので、それをまともに報酬に反映させていたらとんでもないことが起こるだろうと言うこと。
あれっすね、カリフォルニアの警備付き住宅街。あれは見るとすごいですよ。コミュニティとか信頼とかいう言葉が吹っ飛びます。(モチロン同階層では仲いいけど)
多分中国もああなるんでしょうね。
日本でも、全体で成長するという幻想はなくなったので、ある程度偏りのある成長でやる気を出すしかないと思います。収入格差が100倍くらいで収まってしまうのはやっぱり異常。
というか、超金持ちの存在よりも、中流と底辺がばっきり分かれてしまう事の方が社会問題ですよね。これはデジタルデバイド云々というよりも、今までのように中流扱いで持ち上げるということができなくなったという体力的問題のような気がします。
>フェラーリとか相撲とかヨーロッパの主要フィルとかはよく引用されるモデルで、それは確かにそうなんだけど、社会の大半はそんな大それた「技」を継承するような職業ではないですからね。
モデルですよ。そんな事言ったらモノ作りの大半は中国できちゃうわけですから。
やることなくなっちゃいます。
>外国人の問題に限らず、「日本がいかに勝ち続けるか」ではなくて、「ちょぼちょぼの能力の人が、日本社会の中でストレスを感じずにちょぼちょぼに生きていく」ことのできるシステムはどんなところか、というところを考える必要があると思います。後ろ向きではありますが、「いかに若々しくあり続けるか」から「いかにうまく老いるか」への転換ですね。
そうなんですが、急速に老いてしまう危機にあるのが現状では?
html化
投稿者:
IGGY
投稿日:2003年 9月24日(水)01時17分2秒
word文書をwebページ形式で保存すると、簡単にhtml化できると思うんですが、そうするとフォントの関係とかで、ソースがべらぼうに長くなっちゃいますよね?
といって、いちから原形式のwordファイルをカット&ペーストして、注つけてってhtml書いてったら結構な時間がかかっちゃうし・・・
どなたかなんかいい知恵ありませんか?
少なくともブロードバンド環境だと、修論などの長大なものを除けば、読み込むのにさして時間はかからないと思うんだけど、これならかえってwordファイルをくっつけといた方がよかったですかね? 別にレイアウトとかある類の文書じゃないから、pdfはあまり便利だと思わないんだよなぁ。
編集済
タイトルに関してはYesでもありNoでもあるでしょう
投稿者:
IGGY
投稿日:2003年 9月22日(月)10時43分16秒
何%カットなら持つかとかそれでは意味がないとか、業種によっても、経営規模によっても、また個人によっても違うことをあまり原則論で話しても意味がないので、そこは打ち切りにしましょう。
原則論レベルの話にもどれば、そう遠くない未来に景気や雇用情勢が回復したときが来ても、一度失ってしまった(かつての日本企業の強みと言われた)ものを取り戻すことは二度と出来ないと言うことでしょう。これは個人的にはかなりの損失だと思いますが、もう手遅れなんでしょうね。
それともう一点は、ITを初めとした近年の技術革新の本当の効果というのは、個人個人による生産性の差を破滅的なまでに拡大することにあると思うので、それをまともに報酬に反映させていたらとんでもないことが起こるだろうと言うこと。生産過程での分配がほっといてもある程度成り立ってるからこそ、家計レベルでの再分配をそこそこ行えばいいというのが福祉国家モデルであったと思うのですが、今後生産過程での分配という観点を意識しないで「能力に合わせた」報酬を与えていくことになると、社会のデザインは根本的に変わっていくでしょう。まあ、それでもいいだろう、あるいはその方が効率的で「フェア」だからそうせざるを得ないだろう、というのであれば、少なくとも「自爆テロ」の頻発は覚悟しなければなりませんね。
組合の方は、管理職ユニオンとか青年ユニオンとか新しい試みも始まってはいるけど、どちらにしても「赤い」よね。まあ「赤い」ことが必ずしも悪いことかというのは別問題だけれども、個人が所属する組織として敷居が高いのは事実でしょう。ただ、毎日新聞の特集(
http://www.mainichi.co.jp/life/money/salary/06/0715.html
)とかを読んでいると、従来型の労組にもやれることはまだまだあると感じます。
フェラーリとか相撲とかヨーロッパの主要フィルとかはよく引用されるモデルで、それは確かにそうなんだけど、社会の大半はそんな大それた「技」を継承するような職業ではないですからね。
外国人の問題に限らず、「日本がいかに勝ち続けるか」ではなくて、「ちょぼちょぼの能力の人が、日本社会の中でストレスを感じずにちょぼちょぼに生きていく」ことのできるシステムはどんなところか、というところを考える必要があると思います。後ろ向きではありますが、「いかに若々しくあり続けるか」から「いかにうまく老いるか」への転換ですね。
編集済
肩を持てるのは、仕事で使えないほうの団塊世代に足を引っ張られた経験がないからでは?
投稿者:
Kinoko
投稿日:2003年 9月22日(月)01時39分39秒
団塊給料25%カットで仮に会社が持つとして、個人(ローン)は持たない、という現実じゃないですかね。子会社出向で給与カット(これで多分20%くらい)とか、あの手この手を駆使しても、結局ガバっと切った会社(日産とか)しか復活できない。団塊含めた全員へのショック無しに着地できないというのがボクの感覚なんですが。
組合については、今の会社が”年棒制””業績連動””リスク=報酬”と、価値観が経営者サイドにかなり振れているとは思いますんで、そのカウンターとして”赤くない旗”が必要じゃないかと思いますね。学者さん方面で旗振ってくれる必要あると思うんですが。
外国人は、もちろん1人技術者入れようとして10人単純労働者が来るというのはわかります。
でもフェラーリが(ホンダの)後藤さん入れると同時期にイタリア人率を大幅に下げて今の常勝チームになったように、日本の誇るモノ作りも、全方面で外の血を入れないと持たない時代だと思います。
相撲がいいモデルだと思うんですがね。技の後継者は日本人に限らないと。
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